2005年12月12日

「あの事件」について一筆啓上申し上げます

間違いなくあってはいけない事件ですし、先ずは被害者のご冥福をお祈りします。

以下書くことについては、今回の事件の報道に僕の経験にオーバーラップさせて考えた、ということですから、今回の事件の加害者、被害者に妥当するかどうかは分かりません。まだ分かっていない事件を「これがこの事件の真相だ!」という意味で書いているわけではないということを先にお断りしておきます。

今回の事件を3つの視点から考えてみましょう。


1.被害生徒の「学年と性別」の問題

らくたが大学生の頃勤めていた塾は、小学生から高校生までの塾だった(今は高校生のみの塾)のですが、その塾の学院長の言葉で印象に残っているものがあります。

「高校生は偏屈を理解する」

小学校高学年から高校入学前後までの女の子というのは相当扱いにくい場合が多いんですよ。自分が女性であることをまだ自覚していない小学校中学年までと、偏屈を理解するようになるまでの狭間にあるこの時期の女の子って、「生理的に受け付けない相手」に関して一番正直なんですよね。

また、中学受験クラスのチーフ講師が言っていたんですが、

「中学受験の国語なんて女の子の方が出来て当たり前だよ。国語なんて勉強しなくたって、大人になれば出来るんだよ。男より女の方が先に大人になるんだから、当たり前じゃないか」

これも僕は納得しています。中学受験の算数は訓練されていない大人には出来ませんが、国語の読解問題は大人になれば恐らくできます。小学校高学年というのは「女の子は大人になり始めているのに、男の子は依然として子ども」という時期なんです。報道を見る限り、この講師は「小学生の男の子には人気があり、中学生の女の子にはマイナス評価が多い」ようです。「子供の扱い」はよいのですが、「一番難しい大人と子供を複雑に併せ持った世代」を扱うのにはあまり向いていないキャラクターなんでしょう。


2.加害者の社会的成熟度

この講師について、おそらく今後マスコミでは「優等生」として育ち、付属上がりで同志社に入った彼の経歴を取り上げて、「偏差値秀才でしかない社会不適応者」あたりの分析をしてくるんでしょう。既に「大人なのに子供相手に本気になるなんておかしい」「子供相手に本気になっているのは余りに容疑者はあまりに子供だ」という見解がすでに散見されます。

ただそれは違います。例えば電気屋の中を走り回る子供を叱ったら、その子供が「うるせーや、クソジジイ!」って言われたらやはり「何と生意気な」と腹が立つことってありませんか?

1.でもあげたように、微妙な時期の女の子ですから、可能性としてはかなりどぎついことをこの講師に言っていることはありえます。ここを強調するとらくたは「被害者にも責任があると言いたいのか」と誤解されるかも知れませんが、そうではなくて、そもそもこの年代の女の子なら当然出てくる言葉なんです。しかし相手が子供であれ、講師にとっては「顧客」です。講師にとって、生徒に支持されないということは、電気屋さんで叱った子供に「クソジジイ」と言われるのとは比較にならないくらい辛辣なものとして受け止めうることだというのは理解できないことではないんですよ。

ところで、時として「ぶん殴りたい相手」っていますよね?けどあなたは本当に殴りますか?「殺したいくらい憎い相手」がいたとしても、あなたは本当に殺しますか?この講師が異常なのは「殺したい」と思ったことではなくて、仮にどんな事情があったにしても「実際に殺した」という点なんですね。まずはこの点を明確にしておきたいと思います。

またもう一つの問題は、彼が犯罪をそれなりに周到な準備をしながら、「その子を殺すことで得られるものとそれによって彼が失うもの」を一切考えていないという点でしょう。

この事件は「塾講師の犯罪」として世に喧伝されて「塾講師ってヤバい奴がいっぱいいるんだろう」という話になるんですが、あえて危険な言い方をすれば「どんな世界にも一定程度含まれる特殊な人間」が引き起こした事件と見るべきでしょう。


3.教室マネージメントの機能不全

この講師には大学に入ってから逮捕歴・停学歴があるそうです。大学で停学を食らうって言うのはよっぽどのことで、こういう人間を採用すること自体間違いではあるのですが、個人情報保護法などの関係もあり、履歴書の内容で確認できるのは現在の学歴を示す学生証(既卒者なら最終学歴の卒業証明書)の提示を受けることくらいしかなく、逮捕歴などを確認するというのは現実的には極めて難しいわけです。また、採用段階では見抜けなかった部分が採用して実際に稼動させてみてから分かるなんていうのはどんな企業でも日常茶飯事でしょう。ただ、こういう人間が仮に講師として存在していたとしても、最低限の教室マネージメントがきちんと行われていれば、こういう事件が起こる可能性は殆どなくなるような気がするんですね。勿論報道で聞きかじった断片的な情報しかないのですが、いろんなマネージメントがある中で、その中のいくつかが適切に行われているだけでも、この事件は、少なくとも教室内では決して起こっていないはずです。僕は今回の事件の根本はこの教室のマネージメントのありかたにあるんじゃないかと思っています。

よく「講師は全て正社員です」ということを売りにしている塾もあったりします。その実学生が混じっている教室もあるし、どうしようもなく使えない社員講師なんか売るほどいますから、社員かバイトかは自体は講師の良し悪しを選ぶ根拠にはなりません。しかし「バイト講師は学生だ」ということを使用者側は意識し、きちんと管理していく必要があります。

その意味でバイト講師が他の講師(社員?)と一緒にトラブルになっている生徒の面談に入って、その生徒を泣かせて帰らせたなんていうことはどう考えてもありえない対応です。大体、講師との相性の合わない生徒のフォロー面談にその講師を同席させるなんていうのは非常識以外の何者でもないのに、教室の発表を聞いているとどうもこの面談でのイニシアティブはこの講師が取っていたような印象を受けます(だから被害生徒は泣きながら帰ったのでしょう)。

こういう場合の適切な対処と考えられるのは以下の手順です。

(手順1)生徒・保護者と教室責任者(もしくはクラス担任社員)が事情把握のため面談を行い、代替授業を設定する

もちろん代替授業の設定が出来ないならばその授業から当面外すということになるが、受験前の小6で、トラブルが夏頃には顕在化していたとすれば、今の時期に「国語を受講していない」のは、どう考えても対応が遅すぎる。

(手順2)講師への指導

まずは顧客の側の言い分を講師に伝え、必要であれば講師の授業スタイルも修正させる必要がある。またここでの「伝える」は「伝達」ではなく「指示」です。したがって今起こっている状況に対して教室責任者なりの「解決策」を、その講師の力量・キャラクター等を考慮して指示する必要がある。もしこれが適切に行われていたならこの講師の軌道修正は出来ていたはずだし、教室運営側の指示を聞けない講師だとしたら、解雇も含めて必要な措置を取らなければなりません。勿論「指示を守らせる」とは言ったって、そこにはおのずと一定の「許容範囲」はあり、これを締め付けすぎると講師が萎縮し、教室のバイタリティーがなくなるんですが…。


ところで、塾の教室責任者には二つのタイプがいます。一つめは他業種からの転職型。授業などは担当できない場合が多いんですがクレーム処理や売上管理などはうまい。また「塾って結局サービス業じゃん」ということを割り切って、そのあたりの立ち居振舞いなどについては優れた教室作りをする人も多い。もう一つはバイト上がり型。学生時代からこの業界でアルバイトをしていて、そのまま就職、講師から教室管理へ…と行くタイプ。授業や生徒指導、講師への研修などでは熱いところを見せるがいくつになってもどこかに学生気分が残っていて、社会人としては何となく成熟していない感じ。ちなみに僕は典型的な後者ですね(笑)。ところがこの教室長、どっちなのか分からない。少なくとも相手の気持ちをきちんと掴んだ講師指導が出来ているとは思えないんですね。じゃぁ、サービス業としてはどうなんだろう?

そもそもこの教室の場合、指定の教室から生徒を講師が勝手に移動させても、監視モニターの電源が切ってあっても気がつかず、わざわざ授業を外した生徒がいる場所で出勤予定でない(それもその業務からわざわざ外した)講師が、生徒に対してアンケートを勝手に取りにくる。そして、報道で見た「事務スタッフはモニター電源が抜かれているのに気がつかなかった」という表現から考えると、この時教室責任者はおそらく不在だった(午前9時から稼動しているとすれば、勤務についてはシフト制が取られているのは間違いないし、これ自体は問題がないのだが)と思われるが、授業でない「試験監督」業務からすら外すほどのトラブルがあった講師が、相手の生徒がいる時に勤務でもないのにわざわざ出てきた…これは「事件を予期して」行動は出来ないにしても、その女の子が不快感を感じないようにするという配慮が最低限必要です。その配慮があれば、加害者が凶行に及ぶ隙はできなかったはずだ。おそらくはスタッフ間の情報伝達が出来ていなかったことの証明になると思われます。

どう考えても「サービス業としての立ち居振舞い」に長けたタイプの教室運営者ではないように見えてきます。ぶっちゃけ、何にも知らない素人がやっている教室運営以外の何者でもない感じがするんですよ。もちろん見たこともない教室に関してこれだけのことを、衆人環視のネット上に言うのは大変リスキーな気もしますが、おそらく間違いなく言えることは、この講師が勿論最大の問題でなんだけども、この事件自体は教室のいろいろな対応で防ぎ得たんじゃないか、ということなんです。


何だか偉そうに批判をしましたが、僕は評論家ではありません。生徒であれ保護者であれ、毎年別の個性の生身の人間と本音で対峙していくのが僕の仕事です。僕の尺度で他人を(それも十分な資料もなく状況からの判断だけで)批判することは良くない気もするのですが、ここに書いてあることは僕自身に対する戒めでもあることを書き加えて結びたいと思います。
posted by らくた at 13:10| Comment(2) | TrackBack(0) | 渡世人らくた | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
世の中、難しいです・・・・・
Posted by Wolfey at 2005年12月13日 05:44
>Wolfeyさん

とにかくいろんな人がいて、いろんな利害もあればいろんなエゴもあり…そんな中にはいろんな間違いもあり、いろんな理解できないこともありますよね…。難しいですよね…。
Posted by らくた at 2005年12月14日 00:40
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/10578496

この記事へのトラックバック
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。