まだきちんと分析したわけではありませんが、今年のセンターの日本史の寸評。
例年になく問題がまとも!
問題のバランスもいいし、「受験」日本史的にはかなり「中心」の部分がきちんと問われている感じ。ここ数年、こと日本史に関して言うならば「センターを受けて、そこできちんと弱点補強をして私大受験に臨みましょう」という、僕らの業界では基本になるキャッチフレーズを使うのがためらわれる(実際僕は結構ためらってましたが…)出題だった感じなんですが、今年の場合、これを言っても全くもって良心の呵責を感じることはなさそうです。
また、問題数は数えていないので正確なことは言えませんが、何となく「並べ替え問題」が目立った感じです。「どれだけ教科書をちゃんと読んでいるかに左右される正誤問題」よりも、「大きな流れが摑めていればできる並べ替え問題」の方が、歴史の理解はもとより、論理的な思考力のトレーニングという意味でも望ましいと僕は考えています。
ただ、問題の良し悪しの問題とは別次元の話ですが、問題の難易度は低いので今年のセンターの日本史の平均点はかなり例年よりもかなり高くなるのではないかとは思われます。
以上、寸評でした。
2007年01月21日
2006年05月23日
いろいろ考えてみた
いつもお世話になっているt_monkさんのブログのこの記事を拝見して、あれこれ考えさせられてます。まずは元記事の本文・コメント欄を読んでから僕の記事を読んでください。
そもそも教育というのがどれほど恐ろしい仕事であるのか、世の「教育者」の皆さん、気付いていらっしゃるんだろうか。自分の一言がその人の人生を大きく変えることさえいくらでもありうるってことに気付いていらっしゃるんだろうか。
いや、それ自体は覚悟はできているかも知れない。もっと言えば「他人の人生を変える一言が言えるかもしれない」…これが「職業としての教育」に関わろうとする一つの大きな動機でしょう。
しかし、あなたはそんなに優れた人間なんですか?と彼らに聞いてみたい。あるものは「尊敬を得ることができるように常に矜を正しています」と言うかもしれません。また「教師にはなったものの、キチンとしていない自分が悩みの種です」という人もいるかも知れません。ただ双方に共通しているのは「教師は聖人君子たるべし」という根強い「幻想」です。
言うまでもなく「完全な人間」なんてどこにもいません。ただ、これは言い換えれば「誰もがこの世を去る瞬間まで成長し続ける」ということです。人間は死ぬまで「成長過程」にあります。だとすれば成長の過程の人間が人間の成長に寄与しようというある種矛盾した側面が、教育という行為には内在しているんですね。
したがって「お互い不完全な人間同士だけど、僕はこの点はこう思う。君にもそのように考えてみてほしい」…このスタイルがあるべき教育のスタイルなんじゃないかと思います。
つまり教師という職業は、その重要性が分かれば分かるほど、そして自分の至らなさを知れば知るほど「謙虚な説得力(僕は教師の指導力の正体はこれだと思っています)」を持ち得るんじゃないかと思うんです。
ところで、僕の周りでは「あいつって『教師』だよな」という批判をすることがあります。いろいろなニュアンスで使うことはあるんですが、「講師」と「教師」の違いは端的に言えば「生徒に評価されることでのみ成り立つ人」と「生徒を評価する権力を持った人」ということになるでしょう。つまり「教師だ」という批判は「自分の考えを押しつけたり、手前勝手な基準で生徒を評価しようとする講師」という意味で使うことがあるんです。もちろんそうでない教師の皆さんがたくさんにらっりゃることも重々承知なんですが…。
さて、t_monkさんのお話の先生の話に戻りましょう。まあ一言で言ってしまえば、この美術の先生、ありえません。教員の資質はゼロです。嘆かわしいのは、このような先生がもっとも多様性を認めるべき芸術教科の教師だと言う点だと思うんですが。
そもそもこういう人間が教員になれることはかなり問題です。ただどんな採用基準をとろうが、「試験をこなすのだけがうまい不適応者」はやはり一定程度入ってくる。その人の人生を決める一つの大事な要素「学校教育」のことですから当事者にとっては「運が悪かった」では済まない訳ですが、ただ明確に不適応教師にあたってしまう「運が悪い」人が一定数いる訳です。
強いてこのような教師がいる唯一の「意味」は、子供が学校という場で「社会の理不尽」を学ぶことが出来ることでしょうか。また煎じ詰めていくと「自分がよいと思うものは評価者がどう言おうが好きなんだ」と言える強さを持ちうることでしょうか。もちろんその代償は大きすぎる気はしますが…。
t_monkさんのお怒り、ごもっともです。
ここからは完全な余談
そもそも教育というのがどれほど恐ろしい仕事であるのか、世の「教育者」の皆さん、気付いていらっしゃるんだろうか。自分の一言がその人の人生を大きく変えることさえいくらでもありうるってことに気付いていらっしゃるんだろうか。
いや、それ自体は覚悟はできているかも知れない。もっと言えば「他人の人生を変える一言が言えるかもしれない」…これが「職業としての教育」に関わろうとする一つの大きな動機でしょう。
しかし、あなたはそんなに優れた人間なんですか?と彼らに聞いてみたい。あるものは「尊敬を得ることができるように常に矜を正しています」と言うかもしれません。また「教師にはなったものの、キチンとしていない自分が悩みの種です」という人もいるかも知れません。ただ双方に共通しているのは「教師は聖人君子たるべし」という根強い「幻想」です。
言うまでもなく「完全な人間」なんてどこにもいません。ただ、これは言い換えれば「誰もがこの世を去る瞬間まで成長し続ける」ということです。人間は死ぬまで「成長過程」にあります。だとすれば成長の過程の人間が人間の成長に寄与しようというある種矛盾した側面が、教育という行為には内在しているんですね。
したがって「お互い不完全な人間同士だけど、僕はこの点はこう思う。君にもそのように考えてみてほしい」…このスタイルがあるべき教育のスタイルなんじゃないかと思います。
つまり教師という職業は、その重要性が分かれば分かるほど、そして自分の至らなさを知れば知るほど「謙虚な説得力(僕は教師の指導力の正体はこれだと思っています)」を持ち得るんじゃないかと思うんです。
ところで、僕の周りでは「あいつって『教師』だよな」という批判をすることがあります。いろいろなニュアンスで使うことはあるんですが、「講師」と「教師」の違いは端的に言えば「生徒に評価されることでのみ成り立つ人」と「生徒を評価する権力を持った人」ということになるでしょう。つまり「教師だ」という批判は「自分の考えを押しつけたり、手前勝手な基準で生徒を評価しようとする講師」という意味で使うことがあるんです。もちろんそうでない教師の皆さんがたくさんにらっりゃることも重々承知なんですが…。
さて、t_monkさんのお話の先生の話に戻りましょう。まあ一言で言ってしまえば、この美術の先生、ありえません。教員の資質はゼロです。嘆かわしいのは、このような先生がもっとも多様性を認めるべき芸術教科の教師だと言う点だと思うんですが。
そもそもこういう人間が教員になれることはかなり問題です。ただどんな採用基準をとろうが、「試験をこなすのだけがうまい不適応者」はやはり一定程度入ってくる。その人の人生を決める一つの大事な要素「学校教育」のことですから当事者にとっては「運が悪かった」では済まない訳ですが、ただ明確に不適応教師にあたってしまう「運が悪い」人が一定数いる訳です。
強いてこのような教師がいる唯一の「意味」は、子供が学校という場で「社会の理不尽」を学ぶことが出来ることでしょうか。また煎じ詰めていくと「自分がよいと思うものは評価者がどう言おうが好きなんだ」と言える強さを持ちうることでしょうか。もちろんその代償は大きすぎる気はしますが…。
t_monkさんのお怒り、ごもっともです。
ここからは完全な余談
2006年03月12日
終わりました
今日で池袋の教室は終わりました。
最後にたくさんの生徒が駆けつけてくれました
やってきたことは必ずしも間違いではなかったみたいです
けど、来週はもうこの教室はありません
ただ来週この教室がもうないっていうことが
今のところまだ僕には理解できません
もちろん、明日になればまた僕は明日の仕事をします
明後日になれば僕は明後日の仕事をします
明々後日になれば僕は明々後日の仕事をします
昨日の仕事も一昨日の仕事も一昨昨日の仕事も、もうできません
けど今も、また来週になると、みんながいつもの顔で
来てくれるんじゃないかって気がしてます
けど、来週はもうこの教室はありません
いつかきっとまたここに帰ってきたいと思ってます
けど、三年生の帰ってくる場所は当面はありません
いつか必ずまたここに帰ってきます
けど、一・二年生の受験には間に合いません
本当に申し訳ない
最後にたくさんの生徒が駆けつけてくれました
やってきたことは必ずしも間違いではなかったみたいです
けど、来週はもうこの教室はありません
ただ来週この教室がもうないっていうことが
今のところまだ僕には理解できません
もちろん、明日になればまた僕は明日の仕事をします
明後日になれば僕は明後日の仕事をします
明々後日になれば僕は明々後日の仕事をします
昨日の仕事も一昨日の仕事も一昨昨日の仕事も、もうできません
けど今も、また来週になると、みんながいつもの顔で
来てくれるんじゃないかって気がしてます
けど、来週はもうこの教室はありません
いつかきっとまたここに帰ってきたいと思ってます
けど、三年生の帰ってくる場所は当面はありません
いつか必ずまたここに帰ってきます
けど、一・二年生の受験には間に合いません
本当に申し訳ない
2006年01月31日
相性
この問題ばっかりはどうしても理屈では解決できないんですよね…。難しい問題です。
2006年01月24日
センター試験のリスニング用プレーヤー
今年からセンター試験にリスニングが導入されました。色々と来年に向けて多くの課題を残して終わっていきました。で、これは役得なんですが(笑)、レコーダーの実物を手に入れました。ご紹介します。

正面から見るとまずこんな感じ(キャメルの大きさと比べてください)。

側面から見るとこんな厚さです。
イルミネーションがついている状態が電源が入っている、再生中の状態です。このプレーヤー、試験中は中止や巻き戻し・早送りは出来ません。しかし電池を一回抜くとリセットされて再度再生できます。しかし、試験中にそんなことは出来ませんね。

電池はこんな感じですね。SONYの鉄腕アトム付きの電池です。

メディアはメモリースティック。ここに書いてあるデータ形式が分かれば、その形式で音楽とかを録音して、i-pod代わりに使えそうですね(笑)。
正面から見るとまずこんな感じ(キャメルの大きさと比べてください)。
側面から見るとこんな厚さです。
イルミネーションがついている状態が電源が入っている、再生中の状態です。このプレーヤー、試験中は中止や巻き戻し・早送りは出来ません。しかし電池を一回抜くとリセットされて再度再生できます。しかし、試験中にそんなことは出来ませんね。
電池はこんな感じですね。SONYの鉄腕アトム付きの電池です。
メディアはメモリースティック。ここに書いてあるデータ形式が分かれば、その形式で音楽とかを録音して、i-pod代わりに使えそうですね(笑)。
2006年01月23日
2006年センター試験・日本史・設問別解説
以前「本年度センター試験(地理)問題・予想」という記事を書いたら、本気でセンター試験の地理の予想問題を探している高校生の皆さまと思われるアクセスをたくさん頂いているようです。しかしながらこの記事、ただの鉄道ネタでして、残念ながらその記事は受験には何の役にも立たない記事だったんですね。
まぁ、受験生を愚弄しつづけるばっかりなのも何となく申し訳ないので、ちょっと真面目な受験情報的なものでもアップしてみようかと思ったわけです。
ただ、僕の担当教科は日本史か国語なもんですから、地理の問題予想は出来ません。なので今日、自分のクラスへの配布用に作った今年のセンター日本史の解説書(エクセルファイル)をアップしてみました。別に業務として作った物ではないのでアップしても問題ないだろうと思います。必要な方は好きに持って行ってください。ただ、一応著作権は放棄していませんので、転載の場合は(そんなことする人がいるのか知りませんが…)必ず一声かけてくださいね。ちなみに「山川p.○○」と書いてある部分は、『詳説・日本史(山川出版社)』の復習すべきページです。速報なので多少修正が必要な部分は出てくるかもしれませんが、あればこっそり直します(笑)。気が向いたら国語も作ってみようかと思ってはいるし、世界史の講師君がひょっとしたら世界史のヤツも作ってくれるかもしれません。なお、このブログをお読みのその他の教科の皆さんの投稿をお待ちしています(笑)。
それよりもかなりの発見は、ブログにエクセルファイルがアップできるということだったんですね。こりゃ結構使えるかも…。
日本史解説.xls
まぁ、受験生を愚弄しつづけるばっかりなのも何となく申し訳ないので、ちょっと真面目な受験情報的なものでもアップしてみようかと思ったわけです。
ただ、僕の担当教科は日本史か国語なもんですから、地理の問題予想は出来ません。なので今日、自分のクラスへの配布用に作った今年のセンター日本史の解説書(エクセルファイル)をアップしてみました。別に業務として作った物ではないのでアップしても問題ないだろうと思います。必要な方は好きに持って行ってください。ただ、一応著作権は放棄していませんので、転載の場合は(そんなことする人がいるのか知りませんが…)必ず一声かけてくださいね。ちなみに「山川p.○○」と書いてある部分は、『詳説・日本史(山川出版社)』の復習すべきページです。速報なので多少修正が必要な部分は出てくるかもしれませんが、あればこっそり直します(笑)。気が向いたら国語も作ってみようかと思ってはいるし、世界史の講師君がひょっとしたら世界史のヤツも作ってくれるかもしれません。なお、このブログをお読みのその他の教科の皆さんの投稿をお待ちしています(笑)。
それよりもかなりの発見は、ブログにエクセルファイルがアップできるということだったんですね。こりゃ結構使えるかも…。
日本史解説.xls
2006年01月17日
はぁ…
何だか知りませんが、どうも薄〜い疲れが溜まってます。
これ、ものすごくタチが悪いのは、ストレスが溜まってるだけならパ〜ッと飲んだくれて憂さ晴らしなんてことも出来るんですが、体も適度に疲れてるので、わざわざ遊びにいくバイタリティーもない。かと言って存分に寝れば話が済むかっていうと、必ずしもそうでもない。
考えてみると休みは今月末までないからなぁ…もう少し段取りよく、効率よく働けば休めないこともないんだろうけどね…。
これで2月になると転勤先の教室に週一日出勤することになるし、そうすると新しい生徒の情報も頭に入れなきゃいけないし(ただ、これはそれほど大変ではない)、面談も異動先の室長のお気に召すように仕上げなきゃいけないし(変に我流を通すと教室的に立ち行かなくなる)、3月の15日過ぎに教室の撤収が終わると異動先の教室の勤務になるけど、今度は3月20日過ぎから先方の教室長が1週間だか2週間だか旅行で教室を空けるとか。そもそも今度の異動は降格での異動だが、移動後は経歴的にも勤務体系的にも「副教室長」的な立場と「平社員」的な扱いを恣意的にされることも一定程度覚悟しなくてはならない。
まあいいや、今日は早いところ帰って寝るか、飲みに行くか…後者の元気はないだろうな(笑)。
これ、ものすごくタチが悪いのは、ストレスが溜まってるだけならパ〜ッと飲んだくれて憂さ晴らしなんてことも出来るんですが、体も適度に疲れてるので、わざわざ遊びにいくバイタリティーもない。かと言って存分に寝れば話が済むかっていうと、必ずしもそうでもない。
考えてみると休みは今月末までないからなぁ…もう少し段取りよく、効率よく働けば休めないこともないんだろうけどね…。
これで2月になると転勤先の教室に週一日出勤することになるし、そうすると新しい生徒の情報も頭に入れなきゃいけないし(ただ、これはそれほど大変ではない)、面談も異動先の室長のお気に召すように仕上げなきゃいけないし(変に我流を通すと教室的に立ち行かなくなる)、3月の15日過ぎに教室の撤収が終わると異動先の教室の勤務になるけど、今度は3月20日過ぎから先方の教室長が1週間だか2週間だか旅行で教室を空けるとか。そもそも今度の異動は降格での異動だが、移動後は経歴的にも勤務体系的にも「副教室長」的な立場と「平社員」的な扱いを恣意的にされることも一定程度覚悟しなくてはならない。
まあいいや、今日は早いところ帰って寝るか、飲みに行くか…後者の元気はないだろうな(笑)。
2006年01月14日
情緒不安定
この時期になるとやはり情緒不安定になる生徒が出ます。どうやってこれを制御しながら合格まで持っていくかがかなり課題になります。
女の子の方がこの傾向が顕著に出ます。ゲイではないのに女性が苦手ならくたとしては、このシチュエーション、結構大変です(^^;。
女の子の方がこの傾向が顕著に出ます。ゲイではないのに女性が苦手ならくたとしては、このシチュエーション、結構大変です(^^;。
2006年01月08日
♪今日も明日も明後日も〜
お仕事です。今日は珍しく外回り業務。教室移動を検討してくれている生徒さんを、隣の教室までご案内してきました。「隣」と言っても電車で30分はかかるんですが、結局快く移動してくれることになりました。
その一方でポツポツ閉鎖に伴う退会処理も出てきました。どの案件も本人のためにはここで退会にするのがよいだろうという判断のもとでやった処理ですし、処理が終わってほっとしているケースがあることもまた事実ですが、それでも確実に終わりに近づいている感じはしますね…。
まあ振り返るのはまだ早いんですがね(笑)。
その一方でポツポツ閉鎖に伴う退会処理も出てきました。どの案件も本人のためにはここで退会にするのがよいだろうという判断のもとでやった処理ですし、処理が終わってほっとしているケースがあることもまた事実ですが、それでも確実に終わりに近づいている感じはしますね…。
まあ振り返るのはまだ早いんですがね(笑)。
2006年01月05日
明日は朝から会議
講習会中の会議はちょっと勘弁してほしいんだけど…。
さて仕事の段取りがものすごく悪いらくた、何だかごちゃごちゃ会議前日は何だか仕事が終わるのが遅くなります。今日も深夜急行バスで池袋から自宅のそばまで帰ります。あと15分くらいで最寄りのバス停です。
さて仕事の段取りがものすごく悪いらくた、何だかごちゃごちゃ会議前日は何だか仕事が終わるのが遅くなります。今日も深夜急行バスで池袋から自宅のそばまで帰ります。あと15分くらいで最寄りのバス停です。
2005年12月31日
というわけで…
今日は既に教室に出勤しています。6時まで自習室を開放しながら教室の大掃除をしようと思っています。書類上は「休日」のままですから適当に遊びながらやりますが(笑)。大晦日や元日は図書館も休みになるため、自習室を開放すると結構好評なんですよ。もしスタッフがもう一人いたら元日も自習室を開放することも考えるのですが、一人ですから大晦日だけで勘弁してもらいます(笑)。
気がついたらもう大晦日ですね。今年も泣いたり笑ったり、喜んだり悲しんだり…いろんなことがありました。ともかくもそれなりに無事に過ごすことが出来ました。あっという間だったような気もするんですが、その割には今年の元旦はどうやって過ごしたんだっけ…?と考えていくとよく思い出せなかったりします(笑)。まぁ、それなりに充実した1年だったのかなぁ…なんて思ってます。
そんな中で2004年の夏から半分冗談で始めたこのブログ、年が明けると数えで3歳になることになります。また今年はブログ関係で知り合った方々とお会いできる催しにもお誘いいただきまして、大変新鮮な経験をさせて頂きました。通りがかりで眺めて下さる方もいらっしゃれば、恒常的にご覧頂いている方もいらっしゃいますし、リアルライフで親しくさせて頂いている方もあれば、ブログの世界の中でのみ存じ上げている方もいらっしゃいます。またご覧頂いていることを僕は知らないという方もいらっしゃると思います。毎日更新している時もあれば数週間更新しないなんていうこともありましたが、それなりに楽しみながら続けてくることが出来ました。ご覧頂いている皆さんに心からお礼申し上げます。
来年も皆様にとって幸多き年であることを祈念いたします。
来年も「RAKUTA’S WORLD」をよろしくお願い致します。
らくた拝
気がついたらもう大晦日ですね。今年も泣いたり笑ったり、喜んだり悲しんだり…いろんなことがありました。ともかくもそれなりに無事に過ごすことが出来ました。あっという間だったような気もするんですが、その割には今年の元旦はどうやって過ごしたんだっけ…?と考えていくとよく思い出せなかったりします(笑)。まぁ、それなりに充実した1年だったのかなぁ…なんて思ってます。
そんな中で2004年の夏から半分冗談で始めたこのブログ、年が明けると数えで3歳になることになります。また今年はブログ関係で知り合った方々とお会いできる催しにもお誘いいただきまして、大変新鮮な経験をさせて頂きました。通りがかりで眺めて下さる方もいらっしゃれば、恒常的にご覧頂いている方もいらっしゃいますし、リアルライフで親しくさせて頂いている方もあれば、ブログの世界の中でのみ存じ上げている方もいらっしゃいます。またご覧頂いていることを僕は知らないという方もいらっしゃると思います。毎日更新している時もあれば数週間更新しないなんていうこともありましたが、それなりに楽しみながら続けてくることが出来ました。ご覧頂いている皆さんに心からお礼申し上げます。
来年も皆様にとって幸多き年であることを祈念いたします。
来年も「RAKUTA’S WORLD」をよろしくお願い致します。
らくた拝
2005年12月17日
きつい割に報われない業務
もう会社としてもお客さんに正式リリースもしたことですし、書いてもいいでしょう。
実は僕のいる教室がこの3月で閉鎖になることが決まりました。かなり急な決定だったので、面食らった部分もあったんですが、何とか告知までたどり着きました。
閉鎖に至った理由について言うなら、もちろん業績の問題なんですが、今回の閉鎖は単なる「リストラ」的な意味合いの閉鎖ではなく、今後の「戦略」の中での決定でしたので理解は出来ますし、経営陣が、やっと戦略的に動き出したということがむしろ嬉しいと感じられるくらいでした。
しかし業務的には60人の生徒に閉鎖告知、うち約20名いる二年生以下に対しては頭を下げてやめてもらわなければならない…お客さん側には何の落ち度もないのにこちらの一方的な事情で…。それに、お客さんには「僕らを信頼して下さい」って言っていたわけで…ものすごい自己矛盾…。
ただその一方で、塾はその辺りにいくらでもあるんだから…という気持ちがあったことも否めません。多少文句の一つも言われても、普通に他塾を探してきて終わりだろうと。
ところが閉鎖通告が届くや、いきなり大慌てで連絡をしてくる親が数名います。曰く「そちらで来年もお願いする以外考えていなかったので…」「近隣の教室へ行ったら、今いる先生方っていらっしゃるんですか?」そして「何とか閉鎖しない方法ってないの?それが出来るなら私、何でもするから!」と涙ながらに訴える生徒…。
僕が考えていた以上に、この教室を頼りにしてくれる人、大事に思ってくれている人はいるようです。それがリアルに感じられれば感じられるほど、裏側に「嬉しい」が張り付いた「つらさ」が膨れ上がってきます。
これだけ支持してくれるお客さんがいるのに、そのことをこういう形でしかリアルに感じられない自分の感受性のなさに辟易しつつ、お客さんの「支持」を具体的な「力」にすることが出来なかった自分の力のなさに閉口し、背負ってしまった十字架の重さにただただ圧倒されています。
「企業は成長し続けることが最低限の社会に対する責任である」ということがやっと少し分かってきました。存在しなくなることで、誰一人幸せにならないんですもんね。僕らの業界では「商業主義的」という言葉は必ず批判的なニュアンスで使われます。しかし僕あたりはいくらか「商業主義」を勉強する必要があるんですよね…。
まだ話をしたのは4人、まだこれからいろんな複雑な案件も含めてこの5倍分の作業と、複雑な気分が待ってるんですが、まあ、走り出したら走るしかないんですよね…。
実は僕のいる教室がこの3月で閉鎖になることが決まりました。かなり急な決定だったので、面食らった部分もあったんですが、何とか告知までたどり着きました。
閉鎖に至った理由について言うなら、もちろん業績の問題なんですが、今回の閉鎖は単なる「リストラ」的な意味合いの閉鎖ではなく、今後の「戦略」の中での決定でしたので理解は出来ますし、経営陣が、やっと戦略的に動き出したということがむしろ嬉しいと感じられるくらいでした。
しかし業務的には60人の生徒に閉鎖告知、うち約20名いる二年生以下に対しては頭を下げてやめてもらわなければならない…お客さん側には何の落ち度もないのにこちらの一方的な事情で…。それに、お客さんには「僕らを信頼して下さい」って言っていたわけで…ものすごい自己矛盾…。
ただその一方で、塾はその辺りにいくらでもあるんだから…という気持ちがあったことも否めません。多少文句の一つも言われても、普通に他塾を探してきて終わりだろうと。
ところが閉鎖通告が届くや、いきなり大慌てで連絡をしてくる親が数名います。曰く「そちらで来年もお願いする以外考えていなかったので…」「近隣の教室へ行ったら、今いる先生方っていらっしゃるんですか?」そして「何とか閉鎖しない方法ってないの?それが出来るなら私、何でもするから!」と涙ながらに訴える生徒…。
僕が考えていた以上に、この教室を頼りにしてくれる人、大事に思ってくれている人はいるようです。それがリアルに感じられれば感じられるほど、裏側に「嬉しい」が張り付いた「つらさ」が膨れ上がってきます。
これだけ支持してくれるお客さんがいるのに、そのことをこういう形でしかリアルに感じられない自分の感受性のなさに辟易しつつ、お客さんの「支持」を具体的な「力」にすることが出来なかった自分の力のなさに閉口し、背負ってしまった十字架の重さにただただ圧倒されています。
「企業は成長し続けることが最低限の社会に対する責任である」ということがやっと少し分かってきました。存在しなくなることで、誰一人幸せにならないんですもんね。僕らの業界では「商業主義的」という言葉は必ず批判的なニュアンスで使われます。しかし僕あたりはいくらか「商業主義」を勉強する必要があるんですよね…。
まだ話をしたのは4人、まだこれからいろんな複雑な案件も含めてこの5倍分の作業と、複雑な気分が待ってるんですが、まあ、走り出したら走るしかないんですよね…。
2005年12月15日
忘年会
今日、ちょっと面倒な告知の発送をします。その処理の開始が明日からになります。
この業務が本格化してから昨日までも結構辛かったんですが、たぶん明日からもつらいと思います。
今晩は呑みます。ガンガン行きます。
この業務が本格化してから昨日までも結構辛かったんですが、たぶん明日からもつらいと思います。
今晩は呑みます。ガンガン行きます。
2005年12月12日
「あの事件」について一筆啓上申し上げます
間違いなくあってはいけない事件ですし、先ずは被害者のご冥福をお祈りします。
以下書くことについては、今回の事件の報道に僕の経験にオーバーラップさせて考えた、ということですから、今回の事件の加害者、被害者に妥当するかどうかは分かりません。まだ分かっていない事件を「これがこの事件の真相だ!」という意味で書いているわけではないということを先にお断りしておきます。
今回の事件を3つの視点から考えてみましょう。
1.被害生徒の「学年と性別」の問題
らくたが大学生の頃勤めていた塾は、小学生から高校生までの塾だった(今は高校生のみの塾)のですが、その塾の学院長の言葉で印象に残っているものがあります。
「高校生は偏屈を理解する」
小学校高学年から高校入学前後までの女の子というのは相当扱いにくい場合が多いんですよ。自分が女性であることをまだ自覚していない小学校中学年までと、偏屈を理解するようになるまでの狭間にあるこの時期の女の子って、「生理的に受け付けない相手」に関して一番正直なんですよね。
また、中学受験クラスのチーフ講師が言っていたんですが、
「中学受験の国語なんて女の子の方が出来て当たり前だよ。国語なんて勉強しなくたって、大人になれば出来るんだよ。男より女の方が先に大人になるんだから、当たり前じゃないか」
これも僕は納得しています。中学受験の算数は訓練されていない大人には出来ませんが、国語の読解問題は大人になれば恐らくできます。小学校高学年というのは「女の子は大人になり始めているのに、男の子は依然として子ども」という時期なんです。報道を見る限り、この講師は「小学生の男の子には人気があり、中学生の女の子にはマイナス評価が多い」ようです。「子供の扱い」はよいのですが、「一番難しい大人と子供を複雑に併せ持った世代」を扱うのにはあまり向いていないキャラクターなんでしょう。
2.加害者の社会的成熟度
この講師について、おそらく今後マスコミでは「優等生」として育ち、付属上がりで同志社に入った彼の経歴を取り上げて、「偏差値秀才でしかない社会不適応者」あたりの分析をしてくるんでしょう。既に「大人なのに子供相手に本気になるなんておかしい」「子供相手に本気になっているのは余りに容疑者はあまりに子供だ」という見解がすでに散見されます。
ただそれは違います。例えば電気屋の中を走り回る子供を叱ったら、その子供が「うるせーや、クソジジイ!」って言われたらやはり「何と生意気な」と腹が立つことってありませんか?
1.でもあげたように、微妙な時期の女の子ですから、可能性としてはかなりどぎついことをこの講師に言っていることはありえます。ここを強調するとらくたは「被害者にも責任があると言いたいのか」と誤解されるかも知れませんが、そうではなくて、そもそもこの年代の女の子なら当然出てくる言葉なんです。しかし相手が子供であれ、講師にとっては「顧客」です。講師にとって、生徒に支持されないということは、電気屋さんで叱った子供に「クソジジイ」と言われるのとは比較にならないくらい辛辣なものとして受け止めうることだというのは理解できないことではないんですよ。
ところで、時として「ぶん殴りたい相手」っていますよね?けどあなたは本当に殴りますか?「殺したいくらい憎い相手」がいたとしても、あなたは本当に殺しますか?この講師が異常なのは「殺したい」と思ったことではなくて、仮にどんな事情があったにしても「実際に殺した」という点なんですね。まずはこの点を明確にしておきたいと思います。
またもう一つの問題は、彼が犯罪をそれなりに周到な準備をしながら、「その子を殺すことで得られるものとそれによって彼が失うもの」を一切考えていないという点でしょう。
この事件は「塾講師の犯罪」として世に喧伝されて「塾講師ってヤバい奴がいっぱいいるんだろう」という話になるんですが、あえて危険な言い方をすれば「どんな世界にも一定程度含まれる特殊な人間」が引き起こした事件と見るべきでしょう。
3.教室マネージメントの機能不全
この講師には大学に入ってから逮捕歴・停学歴があるそうです。大学で停学を食らうって言うのはよっぽどのことで、こういう人間を採用すること自体間違いではあるのですが、個人情報保護法などの関係もあり、履歴書の内容で確認できるのは現在の学歴を示す学生証(既卒者なら最終学歴の卒業証明書)の提示を受けることくらいしかなく、逮捕歴などを確認するというのは現実的には極めて難しいわけです。また、採用段階では見抜けなかった部分が採用して実際に稼動させてみてから分かるなんていうのはどんな企業でも日常茶飯事でしょう。ただ、こういう人間が仮に講師として存在していたとしても、最低限の教室マネージメントがきちんと行われていれば、こういう事件が起こる可能性は殆どなくなるような気がするんですね。勿論報道で聞きかじった断片的な情報しかないのですが、いろんなマネージメントがある中で、その中のいくつかが適切に行われているだけでも、この事件は、少なくとも教室内では決して起こっていないはずです。僕は今回の事件の根本はこの教室のマネージメントのありかたにあるんじゃないかと思っています。
よく「講師は全て正社員です」ということを売りにしている塾もあったりします。その実学生が混じっている教室もあるし、どうしようもなく使えない社員講師なんか売るほどいますから、社員かバイトかは自体は講師の良し悪しを選ぶ根拠にはなりません。しかし「バイト講師は学生だ」ということを使用者側は意識し、きちんと管理していく必要があります。
その意味でバイト講師が他の講師(社員?)と一緒にトラブルになっている生徒の面談に入って、その生徒を泣かせて帰らせたなんていうことはどう考えてもありえない対応です。大体、講師との相性の合わない生徒のフォロー面談にその講師を同席させるなんていうのは非常識以外の何者でもないのに、教室の発表を聞いているとどうもこの面談でのイニシアティブはこの講師が取っていたような印象を受けます(だから被害生徒は泣きながら帰ったのでしょう)。
こういう場合の適切な対処と考えられるのは以下の手順です。
(手順1)生徒・保護者と教室責任者(もしくはクラス担任社員)が事情把握のため面談を行い、代替授業を設定する
もちろん代替授業の設定が出来ないならばその授業から当面外すということになるが、受験前の小6で、トラブルが夏頃には顕在化していたとすれば、今の時期に「国語を受講していない」のは、どう考えても対応が遅すぎる。
(手順2)講師への指導
まずは顧客の側の言い分を講師に伝え、必要であれば講師の授業スタイルも修正させる必要がある。またここでの「伝える」は「伝達」ではなく「指示」です。したがって今起こっている状況に対して教室責任者なりの「解決策」を、その講師の力量・キャラクター等を考慮して指示する必要がある。もしこれが適切に行われていたならこの講師の軌道修正は出来ていたはずだし、教室運営側の指示を聞けない講師だとしたら、解雇も含めて必要な措置を取らなければなりません。勿論「指示を守らせる」とは言ったって、そこにはおのずと一定の「許容範囲」はあり、これを締め付けすぎると講師が萎縮し、教室のバイタリティーがなくなるんですが…。
ところで、塾の教室責任者には二つのタイプがいます。一つめは他業種からの転職型。授業などは担当できない場合が多いんですがクレーム処理や売上管理などはうまい。また「塾って結局サービス業じゃん」ということを割り切って、そのあたりの立ち居振舞いなどについては優れた教室作りをする人も多い。もう一つはバイト上がり型。学生時代からこの業界でアルバイトをしていて、そのまま就職、講師から教室管理へ…と行くタイプ。授業や生徒指導、講師への研修などでは熱いところを見せるがいくつになってもどこかに学生気分が残っていて、社会人としては何となく成熟していない感じ。ちなみに僕は典型的な後者ですね(笑)。ところがこの教室長、どっちなのか分からない。少なくとも相手の気持ちをきちんと掴んだ講師指導が出来ているとは思えないんですね。じゃぁ、サービス業としてはどうなんだろう?
そもそもこの教室の場合、指定の教室から生徒を講師が勝手に移動させても、監視モニターの電源が切ってあっても気がつかず、わざわざ授業を外した生徒がいる場所で出勤予定でない(それもその業務からわざわざ外した)講師が、生徒に対してアンケートを勝手に取りにくる。そして、報道で見た「事務スタッフはモニター電源が抜かれているのに気がつかなかった」という表現から考えると、この時教室責任者はおそらく不在だった(午前9時から稼動しているとすれば、勤務についてはシフト制が取られているのは間違いないし、これ自体は問題がないのだが)と思われるが、授業でない「試験監督」業務からすら外すほどのトラブルがあった講師が、相手の生徒がいる時に勤務でもないのにわざわざ出てきた…これは「事件を予期して」行動は出来ないにしても、その女の子が不快感を感じないようにするという配慮が最低限必要です。その配慮があれば、加害者が凶行に及ぶ隙はできなかったはずだ。おそらくはスタッフ間の情報伝達が出来ていなかったことの証明になると思われます。
どう考えても「サービス業としての立ち居振舞い」に長けたタイプの教室運営者ではないように見えてきます。ぶっちゃけ、何にも知らない素人がやっている教室運営以外の何者でもない感じがするんですよ。もちろん見たこともない教室に関してこれだけのことを、衆人環視のネット上に言うのは大変リスキーな気もしますが、おそらく間違いなく言えることは、この講師が勿論最大の問題でなんだけども、この事件自体は教室のいろいろな対応で防ぎ得たんじゃないか、ということなんです。
何だか偉そうに批判をしましたが、僕は評論家ではありません。生徒であれ保護者であれ、毎年別の個性の生身の人間と本音で対峙していくのが僕の仕事です。僕の尺度で他人を(それも十分な資料もなく状況からの判断だけで)批判することは良くない気もするのですが、ここに書いてあることは僕自身に対する戒めでもあることを書き加えて結びたいと思います。
以下書くことについては、今回の事件の報道に僕の経験にオーバーラップさせて考えた、ということですから、今回の事件の加害者、被害者に妥当するかどうかは分かりません。まだ分かっていない事件を「これがこの事件の真相だ!」という意味で書いているわけではないということを先にお断りしておきます。
今回の事件を3つの視点から考えてみましょう。
1.被害生徒の「学年と性別」の問題
らくたが大学生の頃勤めていた塾は、小学生から高校生までの塾だった(今は高校生のみの塾)のですが、その塾の学院長の言葉で印象に残っているものがあります。
「高校生は偏屈を理解する」
小学校高学年から高校入学前後までの女の子というのは相当扱いにくい場合が多いんですよ。自分が女性であることをまだ自覚していない小学校中学年までと、偏屈を理解するようになるまでの狭間にあるこの時期の女の子って、「生理的に受け付けない相手」に関して一番正直なんですよね。
また、中学受験クラスのチーフ講師が言っていたんですが、
「中学受験の国語なんて女の子の方が出来て当たり前だよ。国語なんて勉強しなくたって、大人になれば出来るんだよ。男より女の方が先に大人になるんだから、当たり前じゃないか」
これも僕は納得しています。中学受験の算数は訓練されていない大人には出来ませんが、国語の読解問題は大人になれば恐らくできます。小学校高学年というのは「女の子は大人になり始めているのに、男の子は依然として子ども」という時期なんです。報道を見る限り、この講師は「小学生の男の子には人気があり、中学生の女の子にはマイナス評価が多い」ようです。「子供の扱い」はよいのですが、「一番難しい大人と子供を複雑に併せ持った世代」を扱うのにはあまり向いていないキャラクターなんでしょう。
2.加害者の社会的成熟度
この講師について、おそらく今後マスコミでは「優等生」として育ち、付属上がりで同志社に入った彼の経歴を取り上げて、「偏差値秀才でしかない社会不適応者」あたりの分析をしてくるんでしょう。既に「大人なのに子供相手に本気になるなんておかしい」「子供相手に本気になっているのは余りに容疑者はあまりに子供だ」という見解がすでに散見されます。
ただそれは違います。例えば電気屋の中を走り回る子供を叱ったら、その子供が「うるせーや、クソジジイ!」って言われたらやはり「何と生意気な」と腹が立つことってありませんか?
1.でもあげたように、微妙な時期の女の子ですから、可能性としてはかなりどぎついことをこの講師に言っていることはありえます。ここを強調するとらくたは「被害者にも責任があると言いたいのか」と誤解されるかも知れませんが、そうではなくて、そもそもこの年代の女の子なら当然出てくる言葉なんです。しかし相手が子供であれ、講師にとっては「顧客」です。講師にとって、生徒に支持されないということは、電気屋さんで叱った子供に「クソジジイ」と言われるのとは比較にならないくらい辛辣なものとして受け止めうることだというのは理解できないことではないんですよ。
ところで、時として「ぶん殴りたい相手」っていますよね?けどあなたは本当に殴りますか?「殺したいくらい憎い相手」がいたとしても、あなたは本当に殺しますか?この講師が異常なのは「殺したい」と思ったことではなくて、仮にどんな事情があったにしても「実際に殺した」という点なんですね。まずはこの点を明確にしておきたいと思います。
またもう一つの問題は、彼が犯罪をそれなりに周到な準備をしながら、「その子を殺すことで得られるものとそれによって彼が失うもの」を一切考えていないという点でしょう。
この事件は「塾講師の犯罪」として世に喧伝されて「塾講師ってヤバい奴がいっぱいいるんだろう」という話になるんですが、あえて危険な言い方をすれば「どんな世界にも一定程度含まれる特殊な人間」が引き起こした事件と見るべきでしょう。
3.教室マネージメントの機能不全
この講師には大学に入ってから逮捕歴・停学歴があるそうです。大学で停学を食らうって言うのはよっぽどのことで、こういう人間を採用すること自体間違いではあるのですが、個人情報保護法などの関係もあり、履歴書の内容で確認できるのは現在の学歴を示す学生証(既卒者なら最終学歴の卒業証明書)の提示を受けることくらいしかなく、逮捕歴などを確認するというのは現実的には極めて難しいわけです。また、採用段階では見抜けなかった部分が採用して実際に稼動させてみてから分かるなんていうのはどんな企業でも日常茶飯事でしょう。ただ、こういう人間が仮に講師として存在していたとしても、最低限の教室マネージメントがきちんと行われていれば、こういう事件が起こる可能性は殆どなくなるような気がするんですね。勿論報道で聞きかじった断片的な情報しかないのですが、いろんなマネージメントがある中で、その中のいくつかが適切に行われているだけでも、この事件は、少なくとも教室内では決して起こっていないはずです。僕は今回の事件の根本はこの教室のマネージメントのありかたにあるんじゃないかと思っています。
よく「講師は全て正社員です」ということを売りにしている塾もあったりします。その実学生が混じっている教室もあるし、どうしようもなく使えない社員講師なんか売るほどいますから、社員かバイトかは自体は講師の良し悪しを選ぶ根拠にはなりません。しかし「バイト講師は学生だ」ということを使用者側は意識し、きちんと管理していく必要があります。
その意味でバイト講師が他の講師(社員?)と一緒にトラブルになっている生徒の面談に入って、その生徒を泣かせて帰らせたなんていうことはどう考えてもありえない対応です。大体、講師との相性の合わない生徒のフォロー面談にその講師を同席させるなんていうのは非常識以外の何者でもないのに、教室の発表を聞いているとどうもこの面談でのイニシアティブはこの講師が取っていたような印象を受けます(だから被害生徒は泣きながら帰ったのでしょう)。
こういう場合の適切な対処と考えられるのは以下の手順です。
(手順1)生徒・保護者と教室責任者(もしくはクラス担任社員)が事情把握のため面談を行い、代替授業を設定する
もちろん代替授業の設定が出来ないならばその授業から当面外すということになるが、受験前の小6で、トラブルが夏頃には顕在化していたとすれば、今の時期に「国語を受講していない」のは、どう考えても対応が遅すぎる。
(手順2)講師への指導
まずは顧客の側の言い分を講師に伝え、必要であれば講師の授業スタイルも修正させる必要がある。またここでの「伝える」は「伝達」ではなく「指示」です。したがって今起こっている状況に対して教室責任者なりの「解決策」を、その講師の力量・キャラクター等を考慮して指示する必要がある。もしこれが適切に行われていたならこの講師の軌道修正は出来ていたはずだし、教室運営側の指示を聞けない講師だとしたら、解雇も含めて必要な措置を取らなければなりません。勿論「指示を守らせる」とは言ったって、そこにはおのずと一定の「許容範囲」はあり、これを締め付けすぎると講師が萎縮し、教室のバイタリティーがなくなるんですが…。
ところで、塾の教室責任者には二つのタイプがいます。一つめは他業種からの転職型。授業などは担当できない場合が多いんですがクレーム処理や売上管理などはうまい。また「塾って結局サービス業じゃん」ということを割り切って、そのあたりの立ち居振舞いなどについては優れた教室作りをする人も多い。もう一つはバイト上がり型。学生時代からこの業界でアルバイトをしていて、そのまま就職、講師から教室管理へ…と行くタイプ。授業や生徒指導、講師への研修などでは熱いところを見せるがいくつになってもどこかに学生気分が残っていて、社会人としては何となく成熟していない感じ。ちなみに僕は典型的な後者ですね(笑)。ところがこの教室長、どっちなのか分からない。少なくとも相手の気持ちをきちんと掴んだ講師指導が出来ているとは思えないんですね。じゃぁ、サービス業としてはどうなんだろう?
そもそもこの教室の場合、指定の教室から生徒を講師が勝手に移動させても、監視モニターの電源が切ってあっても気がつかず、わざわざ授業を外した生徒がいる場所で出勤予定でない(それもその業務からわざわざ外した)講師が、生徒に対してアンケートを勝手に取りにくる。そして、報道で見た「事務スタッフはモニター電源が抜かれているのに気がつかなかった」という表現から考えると、この時教室責任者はおそらく不在だった(午前9時から稼動しているとすれば、勤務についてはシフト制が取られているのは間違いないし、これ自体は問題がないのだが)と思われるが、授業でない「試験監督」業務からすら外すほどのトラブルがあった講師が、相手の生徒がいる時に勤務でもないのにわざわざ出てきた…これは「事件を予期して」行動は出来ないにしても、その女の子が不快感を感じないようにするという配慮が最低限必要です。その配慮があれば、加害者が凶行に及ぶ隙はできなかったはずだ。おそらくはスタッフ間の情報伝達が出来ていなかったことの証明になると思われます。
どう考えても「サービス業としての立ち居振舞い」に長けたタイプの教室運営者ではないように見えてきます。ぶっちゃけ、何にも知らない素人がやっている教室運営以外の何者でもない感じがするんですよ。もちろん見たこともない教室に関してこれだけのことを、衆人環視のネット上に言うのは大変リスキーな気もしますが、おそらく間違いなく言えることは、この講師が勿論最大の問題でなんだけども、この事件自体は教室のいろいろな対応で防ぎ得たんじゃないか、ということなんです。
何だか偉そうに批判をしましたが、僕は評論家ではありません。生徒であれ保護者であれ、毎年別の個性の生身の人間と本音で対峙していくのが僕の仕事です。僕の尺度で他人を(それも十分な資料もなく状況からの判断だけで)批判することは良くない気もするのですが、ここに書いてあることは僕自身に対する戒めでもあることを書き加えて結びたいと思います。
2005年12月08日
珍しく…
こんな時間にまだ仕事してます。
珍しく締め切りがタイトな仕事を抱えてます。それも、仕事が片付いた後はおそらく徒労感しか残らないのに、仕事の質から言えばらくた的にはかなりの大仕事なんですね。準備だけは綿密にしておかないとややこしいことになった時に全く対応できなくなるし、かといって意外にここでしている準備自体が全く不要のものだった…ということも結果としては起こりえます。さらに言うと「不要だった」場合のほうが僕の負担は少なくて済むのですが、スムーズに進みすぎるのも場合によっては何となく物寂しいようなこともあるわけで…。
なんだかよく分からないこと書いててごめんなさい。まだ社外秘の話が含まれている訳で、誰が見ているか分からない場所にかけるのはこの辺までです。書いただけでいくらかすっきりしました。読んで下さった方、ありがとうございます。一応「らくちゃん、こういうことかな?」という突っ込みはなしの方向でお願いします(笑)。
珍しく締め切りがタイトな仕事を抱えてます。それも、仕事が片付いた後はおそらく徒労感しか残らないのに、仕事の質から言えばらくた的にはかなりの大仕事なんですね。準備だけは綿密にしておかないとややこしいことになった時に全く対応できなくなるし、かといって意外にここでしている準備自体が全く不要のものだった…ということも結果としては起こりえます。さらに言うと「不要だった」場合のほうが僕の負担は少なくて済むのですが、スムーズに進みすぎるのも場合によっては何となく物寂しいようなこともあるわけで…。
なんだかよく分からないこと書いててごめんなさい。まだ社外秘の話が含まれている訳で、誰が見ているか分からない場所にかけるのはこの辺までです。書いただけでいくらかすっきりしました。読んで下さった方、ありがとうございます。一応「らくちゃん、こういうことかな?」という突っ込みはなしの方向でお願いします(笑)。
2005年10月25日
勉強しよう
最近つくづく勉強してないなぁ…と思ったりします。
勉強しなきゃなぁ…いろんな意味で。
勉強しなきゃなぁ…いろんな意味で。
2005年10月21日
きつ〜いお達し(笑)
今日の授業は江戸時代の政治改革。どういう話の流れだったか忘れましたが、話がダイエットの話になりました。「話の流れを覚えていない」というのは、らくた、その日の授業のテーマを決めると後はその場の状況を見ながら話を組み立てていきます。授業の「トーク」の大半アドリブなんです。
確か「田沼期の商業重視政策から極めてストイックな性格を持った寛政の改革に入っていき、それが最終的に文政期の放蕩政治に入っていく」という流れを説明するのに、今日の授業は女の子だけだったので「おいしいものを食べ過ぎて太ったからダイエットをしようとしたんだけど、結局リバウンドで取り返しがつかないくらい太ったのと同じようなもの」と、まぁここだけ聞くと何のことやらっていう感じの、相変わらず微妙な喩えで説明していたんじゃなかったかと思うんですけど(笑)。
そこから「俺ダイエットしてっからさぁ、幾らか痩せたべ?」という話になり、そのまま「禁止項目8つ」のネタに入っていきます。すると、やっぱり突っ込みどころはマヨネーズの話になったわけですね。そのうちの一人の女の子の突っ込み。
「先生、マヨネーズ禁止〜!(笑)」
本当はここで
「じゃぁ、俺、マヨネーズ断ちするから、お前ら絶対受かれよ」
と言ってみようかな…と思いましたが、止めました。
何故って?不可能な約束はできません。生徒の見ていないところで食べればいいし、たべてないことにしておけばいいんでしょうが、万一ここにいる子が受からなかった時に「俺がマヨネーズ断ちしなかったからかなぁ…」と思うのも嫌なんで…結構小心者ですね(笑)。
確か「田沼期の商業重視政策から極めてストイックな性格を持った寛政の改革に入っていき、それが最終的に文政期の放蕩政治に入っていく」という流れを説明するのに、今日の授業は女の子だけだったので「おいしいものを食べ過ぎて太ったからダイエットをしようとしたんだけど、結局リバウンドで取り返しがつかないくらい太ったのと同じようなもの」と、まぁここだけ聞くと何のことやらっていう感じの、相変わらず微妙な喩えで説明していたんじゃなかったかと思うんですけど(笑)。
そこから「俺ダイエットしてっからさぁ、幾らか痩せたべ?」という話になり、そのまま「禁止項目8つ」のネタに入っていきます。すると、やっぱり突っ込みどころはマヨネーズの話になったわけですね。そのうちの一人の女の子の突っ込み。
「先生、マヨネーズ禁止〜!(笑)」
本当はここで
「じゃぁ、俺、マヨネーズ断ちするから、お前ら絶対受かれよ」
と言ってみようかな…と思いましたが、止めました。
何故って?不可能な約束はできません。生徒の見ていないところで食べればいいし、たべてないことにしておけばいいんでしょうが、万一ここにいる子が受からなかった時に「俺がマヨネーズ断ちしなかったからかなぁ…」と思うのも嫌なんで…結構小心者ですね(笑)。
2005年10月18日
いやぁ…。
問題山積。まぁ、問題は一つずつ片付けていくしかないわけですよね。
いや、ただの独り言です(笑)。
いや、ただの独り言です(笑)。
2005年10月17日
明日は会議
久しぶりに明日は会議です。まぁ、別に会議は嫌いではないんですけど、明日僕本来なら休みの予定なんですけど…(涙)。
2005年09月04日
風はこっちに吹き始めたか?
昨日の出来事。
国語の専任講師を交えて、生徒とお話。聞けば夏休みまとめテストで、どう考えても出来ていなければいけないところが出来ていなかった…という話を聞いたんです。そこでらくた、笑いながら一言
「○○、お前のそれ教えてないのかよ〜。ダメじゃん!」
と言うと、その生徒の一言
「室長、○○先生はちゃんと教えてくれてるの!あたしたちが覚えてないだけなの!」
その講師がどう聞いたのか、聞かなかったのですが、僕はものすごく嬉しかったんですね。彼ももともと国語の講師(それも「今でも第一線で勝負できる!」と豪語している奴が)が上司で、彼自身が昔習っていた国語もできる英語の講師が同僚として同じ教室で働いている…結構きつい状況だと思うんですね。そんな中で彼が生徒の中で一つの「はっきりとした位置」を築くことができた…と僕が感じた瞬間です。
そして今日のこと。
あるお母さんから突然電話が来ました。曰くこれから進路相談の面談をしてほしいとのこと。もちろんお母さんにはすぐおいでいただいて面談をするわけです。面談の向きは「指定校推薦が取れるのだが、希望の学校や学部が必ずしも見つからないからどうしたらいいのか」ということでした。お母さんとしてはせっかく評定も持っているんだから安全な指定校で行かせたい様子。で、娘もその考えもあるようですが、その生徒が推薦を取る条件は「塾には最後までいかせて!」だそうなんです。
今年はずいぶんと講師力も整備できて、ずいぶん「生徒との一体感のある教室」にはなってきているんじゃないかと思ってはいました。それがこういう形で目に見えてくると、やはり嬉しくなってきます。あとは学力向上と志望校選定をきちんとやって、「受かるべきところに受かる」が目標になりますね。
さぁあと数ヶ月、気合入れていきます!
国語の専任講師を交えて、生徒とお話。聞けば夏休みまとめテストで、どう考えても出来ていなければいけないところが出来ていなかった…という話を聞いたんです。そこでらくた、笑いながら一言
「○○、お前のそれ教えてないのかよ〜。ダメじゃん!」
と言うと、その生徒の一言
「室長、○○先生はちゃんと教えてくれてるの!あたしたちが覚えてないだけなの!」
その講師がどう聞いたのか、聞かなかったのですが、僕はものすごく嬉しかったんですね。彼ももともと国語の講師(それも「今でも第一線で勝負できる!」と豪語している奴が)が上司で、彼自身が昔習っていた国語もできる英語の講師が同僚として同じ教室で働いている…結構きつい状況だと思うんですね。そんな中で彼が生徒の中で一つの「はっきりとした位置」を築くことができた…と僕が感じた瞬間です。
そして今日のこと。
あるお母さんから突然電話が来ました。曰くこれから進路相談の面談をしてほしいとのこと。もちろんお母さんにはすぐおいでいただいて面談をするわけです。面談の向きは「指定校推薦が取れるのだが、希望の学校や学部が必ずしも見つからないからどうしたらいいのか」ということでした。お母さんとしてはせっかく評定も持っているんだから安全な指定校で行かせたい様子。で、娘もその考えもあるようですが、その生徒が推薦を取る条件は「塾には最後までいかせて!」だそうなんです。
今年はずいぶんと講師力も整備できて、ずいぶん「生徒との一体感のある教室」にはなってきているんじゃないかと思ってはいました。それがこういう形で目に見えてくると、やはり嬉しくなってきます。あとは学力向上と志望校選定をきちんとやって、「受かるべきところに受かる」が目標になりますね。
さぁあと数ヶ月、気合入れていきます!

